シンプルがいいかもしれない。

心地良いのはシンプルな暮らし。

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偶然出会った格言に思う。

 

高齢の父が、JA(農協さん)に行きたいというので、

運転手兼お荷物運びとして付き添って行ってきました。

 

ちょっと長丁場になったので、お手洗いに入ったところ、

小さ目で狭めの個室の目の前にあったもの。

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この張り紙です。

どこのお寺に来たのかと思いました。

 

・・・深いですね。

 

思わずしばし見つめながら、この意味を考えちゃいました。

 

・「他人と過去は変えられない」

過去は変えられないのは当然ですが、”他人は変えられない”

これも、身を以て痛感したことがあります。

極々稀に、人が変わってくれることもありますが、基本的には

変えられないと思います。

 

・「未来と自分は変えられる」

身に沁みる言葉です。

 

・「過去をふりかえっても明日はない」

これは、”あの時はああだった とか、過去を悔やんでクヨクヨ

しても、仕方がない。前を見て進め。”という意味なのだと思います。

 

ただ、これに関しては、私は

ふりかえることに意味がある時もあるのではないか 

と思いました。

過去の自分と対峙すべき時 とでもいいますか。

 

大袈裟な表現になってしまいましたが、モノを捨てるとき、

これは必要か、必要じゃないかと考える時、特に思い出のものは

過去と向き合うと思うのです。

 

例えば、私はついこの間、飾ってあったまつぼっくりを捨てました。

昔の友人が、米国 アーカンソーに行った時、「向こうのまつぼっくり

は、こんなに大きいんだよ!」と、お土産的にくれたものです。

その友人とは、いろいろあって、お互いを大切に思いながらも音信不通に

なってしまいました。

 

その後も私は、そのまつぼっくりを5年以上飾っていたのですが、

気付いたのです。それを見る度に、音信不通になってしまった友人のこと

を思い出して、少し悲しい気持ちになることに。

 

大切にしていましたが、今の自分、これからの自分が悲しくなるものなら、

捨てようと思いました。

すると、なんとなくすっきりしたのです。薄情なようですが。

過去はとても親しかった。でも、今は残念ながらそうではない。 

悲しくなるものをもっている必要はない。

 

私はこのまつぼっくりを捨てる時、過去と向き合ったと思います。

卒業アルバムを捨てた時も。

megstyle39.hatenablog.com

一度過去としっかり向き合うことで、心地良い

一歩が踏み出せる。

片付けの中にはそんなこともあるのかな と思います。

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ちょっと真面目なお話になってしまったので、最後にほっこりと

するさくらんぼの花の画像を^-^。